現地実践知(中国)

力蔵レポート⑦ 「引っぱる」から「整える」へ

「自分を知っただけ」では、何も変わらない

干支暦や東洋古典を学び、自分の資質や宿命が見えたとき、 私はある種の強い達成感を覚えました。 「なるほど、自分はこういう性質なのか」と。

しかし、そこからが本当の勝負でした。

自分を知っただけでは現場は変わらない。 むしろ「知った自分」をどう使うかが、リーダーとして問われるフェーズでした。

中国の現場は、常に混沌としています。 文化も言語も価値観も違う人たちが同じ場所で働き、意見が衝突します。

中国の会議では、声の大きな人に場が支配され、 本質的な議題が脇に追いやられることが日常茶飯事。 そのため、みんな意味もなく大声で喋り続けます。 そんな喧騒の中、本社の指示と現場のリアルが食い違う中で、毎日のように板挟みになっていました。

そんなとき、自分の資質を知り、に持ったことで、 混沌の中に一本の筋を通せるようになったのです。

“引っぱる”のではなく、“整える”というリーダー像

わたしは「壬水(じんすい)」という水の性質。 水は流れ、形を変え、相手に合わせる柔軟性を持ちます。 しかし、形が定まらないと、どこへ流れていくか分からない不安定さがあるのです。

中国に赴任したての頃は、いわゆる「強いリーダー」を演じていました。 誰よりも、声を張り上げ、前に出て指示を出し、時には感情で押し切らなければ、この国ではリーダーとして通用しないと思い込んでいました。

しかし、どこか無理をしている感覚は拭えず、ストレスは増すばかり。 会議の後、スタッフが腑に落ちない表情をしているのを見て、 「このやり方ではついてきてくれない」と気づいたのです。

そこで、私は水のように、 その場の流れを巧みに変えながら、 「場を整える存在になろう」と決めました。

方向性は示すが、押しつけません。 答えを与えるのではなく、問いを共有し、相手に考える余白を残したのです。

すると、不思議なことに現場の空気が変わり始めました。 私が静かに発言し、答えを促すことで、メンバーも冷静に発言するようになり、 「やらされる仕事」から「一緒に創る仕事」へと変わっていったのです。

周公旦に学ぶ「整えるリーダー」

中国古典にも“整える”リーダーの好例があります。 それは、周王朝初期の政治家・周公旦(しゅうこうたん)。 彼は、混乱した国を武力ではなく「礼楽制度」で整えたことで知られています。

強引に民を従わせるのではなく、 儀式や制度を整え、人々が自然と秩序を守りたくなる環境を作ったのです。 その結果、王朝は安定し、後世に「周公の夢」と呼ばれる理想政治の象徴となりました。

わたしが目指したのも、まさにこの姿勢。 力で動かすのではなく、場を冷静なものに整えて、人が自ら動きたくなる状態をつくること

「人は変わらない」のではなく、「引き出されていない」だけ

あるスタッフは高学歴ですが消極的で、会議でも発言せず、頼んだ仕事も抜け落ちが多く、“使えない人材”と見なされていました。 正直、さすがの私も、「もう無理かもしれない」と感じていました。 しかし、感情で判断せずに、データベースで確認する必要があると思い、 Orbit Crossで彼の資質を読み解いてみると、 「陰で支える」「積み重ねに強い」という特徴がありました。 学歴が高いだけに、面子を損ねたら悪いと思い、リーダーにしていたのですが、どうみてもリーダーより組織を支えるのに適した性格であることが判明、そこで彼とOne to oneで丁寧に話し合い、彼にとって居心地のよい場所を整えようということになり、本人承知の上で、主役ではなく「支える役」に配置換えしたのです。

すると、彼の表情が少しずつ変わり、 半年後には抜群の安定感でチームを支える存在になりました。

人は変わらないのではない。 まだ引き出されていないだけだ。

 “資質に合わせた育成”という視点

多くの人材育成は「理想のリーダー像」に近づける訓練になりがちです。 しかし、その理想像は国や文化によって全く違うのです。

日本では、リーダーは「和を保ち、調和を崩さない人」であることが理想とされます。 チームの意見を丁寧に拾い、合意を取ってから動く、 そうしたプロセスを重視する文化だからです。

一方、中国ではリーダーに求められるのはスピードと決断力。 多くの社員は「この人についていけば前に進める」と思える人を好みます。 合意形成よりも「今この場で決める」ことが優先され、 その決断に現場が従うかどうかは、肩書や学歴ではなく、 「信頼できるか」「いざという時、自分を守ってくれるか」です。

さらに中国は多民族国家。 同じ漢族でも出身地によって価値観が異なるため、 一律の理想像を押し付けることは摩擦を生むだけです。

僕が学んだのは、「理想像に寄せる」のではなく、 メンバーの資質に合わせてリーダー像を変える柔軟さが必要だということでした。

多様性の中でリーダーが果たすべき役割は、 「全員を同じ方向に揃えること」ではなく、 異なる資質を活かし、衝突を創造的エネルギーに変えることです。

ただし重要なのは― 軸をぶらさないこと。 柔軟であることと、軸がないことは全く別物です。 太極拳のように、軸をぶらさず柔軟に動く。 だからこそ、多様な意見を受け入れられ、チームは安心して議論し、前に進めるのです。

チームは「リーダーの鏡」であり、「リーダーの道場」でもある

中国の現場で気づいたのは、 チームはリーダーの在り方を映す鏡であり、 同時にリーダー自身を鍛える道場でもあるということです。

わたしが体感したのは、 「場が整えば人が育つ」だけでなく、 「人が育てば場も整う」という循環でした。 揺れや衝突はリーダーの成長を促すフィードバックと思い、場をデザインすることで、リーダーとメンバーは同時に進化するのです。

力蔵

転職を機に一人中国へ渡り、現地企業の事業運営のサポートや現地法人の経営、中国人スタッフのマネジメントに従事し、黒字化事業へ成長させる。実践を通じた東洋古典活用法の情報発信・勉強会を開催。

https://note.com/riki_zoo

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